膠原病治療の副作用で大腿骨骨頭壊死を起こしたがMRT仙骨無痛療法で薬を飲まずに正常値に近付く
体験談
2023/10/31
| 年齢 | 52歳 |
|---|---|
| 性別 | 女性 |
●膠原病の治療による副作用で大腿骨骨頭壊死を起こし、杖がなければ歩けない状態に
今でも忘れない1986年12月13日のことです。突然顔や手に異常なくらい紅色に近い赤みが現れました。その尋常でない状態に驚き、すぐに皮膚科を受診すると、「しもやけではないか」という診断でした。しかし、日が経つにつれ徐々に身体のだるさが出てきたので、内科を受診したところ、肝機能の数値が正常値の数十倍にまでなっているとのことで、大きな病院を紹介されました。その病院に行って検査をした結果、自分の症状は膠原病(皮膚筋炎)であると診断されました。最初に症状が出始めてから病名が診断されるまで既に2ヵ月が経っていました。
その2ヵ月の間に症状は悪化し、筋肉の破壊を示すCPK値は3000を越え(医学的に言われている正常値は100台なので、およそ30倍近く)、東京都内の病院へ即入院となり、ステロイドによる治療が始まりました。連日60ミリグラムの多量のステロイドを服用しなければならず、検査結果を確認しながら徐々に減らしていきますが、減らし過ぎるとまた数値が上がり、また60ミリグラムからやり直しという悪循環を何度繰り返したでしょうか…。
そのような生活が八年続き、やっと薬と縁が切れると思ったときには、ステロイドの副作用により、大腿骨骨頭壊死を起こし、杖がなければ歩けない状態になっていました。整形外科に回され、手術のために自己血輸血の保存までしましたが、手術を受ける決心がつかず、もうステロイドの服用もコリゴリでしたので、病院へも行かなくなりました。
●手術以外に良くなる方法を探す中でMRT仙骨無痛療法に出会い、杖なしでも歩けるようになった
大腿骨骨頭壊死の手術を受けずに何とか良くなる方法がないものかと書店で何冊かの本を手にしました。その中で、これはと思う治療を受けましたが、自分が求めているものとは違うと感じ、やめてしまいました。その後、仙骨そのものを調整するMRT仙骨治良(仙骨無痛療法)に出会えたのです。
初めて受けた日は、帰宅後、頭が痛くなり、半日ほど寝込んでしまいましたが、たった一瞬の治良なのにその反応に手ごたえを感じ、週1回のMRT仙骨治良に通い始めました。
仙骨治良を受け始めると脚のあちこちに痛みが出ては消えましたが、それが3ヵ月過ぎた頃には痛みが消えて、杖なしで歩いても、スタスタと軽やかに歩けるようになっているではありませんか。そのときのうれしさは今でも忘れられません。
●仕事で無理をしていたため、再び体調を崩し、自宅療養生活に入る
その後、定期的にMRT仙骨治良は受けていましたが、膠原病特有の症状が出始めました。
最初は腕の筋力が低下した感じになり、こわばりも出ましたが、半年くらいで消えました。次に足も同じように筋力がどんどん落ちていき、1998年秋頃には、毎日の電車通勤も不可能になってしまいました。状態は非常に悪く、二階に上がるとき、筋力が弱いために足が踏ん張れず、踊り場でひっくり返ってしまうほどでした。今思えば、せっかくもっと元気になろうと思ってMRTに通っているのですから、無理をせずに仕事も休めばよかったのですが、当時の私はそんな大変な状態であるにも関わらず、電車から車通勤に切り替え、朝5時に起きて早朝から車を運転し、帰宅は午後8時過ぎになるという生活を続けていました。
そのうちにいよいよ会社から「ちゃんと病院へ行くように」と言われ、仕方なく地元の総合病院へ行くことになりました。
検査の結果、CPK値は1500以上あり、医者から、「即入院して治療が必要」と言われましたが、あの苦しかった薬漬けの生活と副作用の恐ろしさを体験していたので、「たとえ命を落とすことになろうとも薬の服用はしない」という気持ちが強く、病院での治療を拒否し、自宅療養の生活に入りました。
そして、ほとんど1日中ベッドで寝たきりの日々の中、毎週土曜日にはMRTへ仙骨治良を受けに行くという生活が長く続きました。
自宅療養に入ったばかりの頃は、安静にしていても身体中の筋肉が壊れていくのが感じられましたが、しばらくすると、それが止まったのを感じ、病院で検査してもらうと、なんとCPK値は600台まで下がっていました。しかし、社会復帰することはできずに、療養から3年後、仕事を退職することになりました。
●ストレスが手放されたと同時に膠原病の数値が徐々に下がり、2007年には正常の範囲内になった!
自宅療養をしていた3年間、会社からは療養手当を頂いていたのですが、病院での治療を受けずにわがままを通している罪悪感と、職場の方たちへの後ろめたさでいつも心は重く、思うように回復しないことへの焦りと不安から、RT(リーディングセラピスト)の先生にはいつも愚痴をこぼしていました。
ところが、退職して会社と縁が切れてから、どうしても600台以下に下がらなかった数値が徐々に下がっていき、2004年には、一時期、正常値内まで下がりましたが、その後も数値は上がったり下がったりを繰り返していました。正常値を一定期間維持できないと、筋力の回復は望めないと医者から言われていたので「これ以上はもう無理なのか…」と思うようになっていましたが、会社を退職してから数値が劇的に下がったことを思い出し、心のストレスを軽くしてあげればまた良くなるのではと思い直しました。筋力が人並みではありませんので、家事も思うようにはかどらず、イライラすることが多い毎日を送っていましたが、深く、ゆったりとした呼吸で生活するように意識してみると、気持ちが和やかになりました。
そして、2007年7月と9月の検査では、CPK値はまだ高めですが、正常値範囲内の137に下がっていました。
●自分が抱え込んでしまったストレスによって症状が出ていたことに気付き、「悪くなるのも良くなるのも自分次第」と気付く
今から思えば、一番最初に症状が出始めた頃は、ちょうど大きなストレスがあった時期でした。それが、大きな原因だったと思います。
その後、MRTに出会い、薬の副作用から開放され、膠原病の逆行も経験しました。しかし、せっかく元気になってきたのに、本来なら休まなければいけないときに無理をして、症状を悪化させることになってしまいました。そして、療養生活に入ってからも、自分が抱え込んでしまった精神的ストレスが仙骨を更に歪め、本来のはたらきを邪魔していたのだと気付きました。MRT治良を受けてさえいればよいのではなく、新たな仙骨の歪みを作り出さない心構えが何よりも大切であると思い知らされました。
以前は、何事においても「頑張らなければならない」というやり方をしていましたが、最近はそれをやめ、「気にしないでもいいよ」と自分に言ってあげられるようになりました。また、それで良いのだということがわかって、とても楽になりました。
膠原病は、医学では原因不明の病と言われているので、病院では薬に頼るしかなく、自分の力では解決できないと思っている人も多いと思います。でも、私は、自分の体験から「悪くなるのも、良くなるのも、自分次第なのだ」ということがわかりました。今でも、日常生活の中で頑張りすぎたりイライラしたりすると、せっかく正常値になった数値がまた上がることもあります。そういうとき、身体は本当に正直で、自分の生活を見直すようにと教えてくれていると思います。
また逆戻りすることのないように、MRT治良を受けながら、更に理解を深めていきたいと思います。
★体験談は個人の感想であり、MRT仙骨治良(仙骨無痛療法)による効果を説明するものではありません。
MRT恵比寿からのお知らせ
腰痛と仙骨の関係とは?立ち上がるときの痛みを解決する方法
こんにちは。 仙骨瞬間無痛良法のパイオニアのMRT恵比寿 リーディングセラピストの橋田です。 腰痛は、多くの人が抱える悩みの...
MRT恵比寿の2月と3月のお休み
MRT恵比寿の2月と3月のお休みをお知らせ致します。
腰痛の原因は仙骨にあった!?MRT仙骨治療で根本改善!
こんにちは。 仙骨瞬間無痛良法のパイオニアのMRT恵比寿 リーディングセラピストの橋田です。現代人の生活は、デスクワーク作...
MRT恵比寿の12 月と1月のお休み
MRT恵比寿の12月と1月のお休みをお知らせ致します。
MRT恵比寿の11月と12月のお休み
不眠症の改善のカギは仙骨にあった!
不眠症の改善のカギは仙骨にあった! こんにちは。 仙骨瞬間無痛良法のパイオニアのMRT恵比寿 リーディングセラピスト...
MRT恵比寿の9月と10月のお休み
MRT恵比寿の9月と10月のお休みをお知らせ致します。
むくみと仙骨の関係、その原因と真の改善法と予防法!!
むくみと仙骨の関係、その原因と真の改善法と予防法!! こんにちは。 仙骨瞬間無痛良法のパイオニアのMRT恵比寿 リ...
初回登録キャンペーン実施中!
現在、MRT恵比寿では、初回登録キャンペーンを実施しています! ホームページから初回登録された方に、MRTが推奨している奇跡...
脊柱管狭窄症と仙骨の関係・・・真の改善法!!
脊柱管狭窄症と仙骨の関係・・・真の改善法!! こんにちは。 仙骨瞬間無痛良法のパイオニアのMRT恵比寿 リーディングセラ...