2010年11月01日
長年のストレスによる脱毛と手足のシビレからMRTに出会い、霊止乃道を知り、人生の捉え方が180度大きく変わりました
MRT恵比寿 アプリカント K・Hさん(女性)
初回治良日:1999/4/17
◆「病気は消える」という今までに聞いたことがない内容に驚き、治良を受け始める
私がMRTを初めて知ったのは、今から11年前の58歳のときです。
そのときの私は、長年のストレスと母の介護で脱毛がひどく、身体の左半分、特に手足のシビレが強く出ている状態でした。
ある日、渋谷駅前のビルで何気なく立ち寄った本屋で、徳間書店から出版されている「仙骨に無痛ショックを与えると病気は消える」の御本がふと目にとまり、パラパラとページをめくっていたところ、何となく惹かれるものがあり購入しました。
家に帰って早速読み始めると、初めて知る内容に、どんどん引き込まれていきました。それまで、既成概念に固まり視野も狭く、「病気は治すもの」という考えしかなかった私は、「病気は消える」という、今までに聞いたことがない御本の内容に、非常に驚きました。
普段はほとんど行くことのない渋谷でしたが、MRTのことをもっと知りたいという思いにかられ、次のお休みに、またその本屋に出掛け、棚にあったその他の師尚の御本をまとめて購入して読み、すぐにMRTに通うことにしました。
◆長年の人間関係によるストレスから脱毛症と手足のシビレの症状が出る
私の長年のストレス生活は、20歳のときから始まりました。当時、それまで元気だった父が急に亡くなり、腹違いの兄夫婦が家業を継ぐことになりました。
私の下には、歳の離れた弟妹が3人いましたので、母と私はそのまま兄夫婦の下、家業の手伝いをしながら、近所で暮らしていましたが、何かと気を使うことが多く、特に母は苦労の連続でした。
私も兄夫婦に対して、何となく気持ちが萎縮してしまい、折り合いがあまり良くなかったのですが、「まだ小さい弟妹のためにも母を助けたい」との想いで自分を縛りつけ、非常に強いストレスを感じながら毎日を過ごしていました。そんな生活が始まりしばらく経った頃から髪が抜け始め、後頭部に円形脱毛症ができ、また、身体の左側、手足にシビレを伴う違和感が時々出るようになっていきました。しかし八方ふさがりで他にどうにもできないと思い込んでいた私は、「ストレスがあるのだからしょうがない」と自分に言い聞かせて日々を過ごしました。
そして月日は経って、弟妹達も成長し、やがてそれぞれが自分の家庭を持つようになりましたが、もうそのときの私は改めて何か新しいことをするということも思い浮かばず、老齢の母の介護をしながら、そのまま家業の手伝いで生計をたてる生活を続けていました。
そんなときに、出会ったのがMRTだったのです。
◆MRTを通して、自分自身に目を向け「気付く」ということの大切さを知る
初めて訪ねたMRTオフィスは、とても明るい感じがして、治良を受けて『センコツくん』に案内されたときに、「これが御本に載っていた『センコツくん』か!」と感動しながら、ソロリと足を乗せて立ったことを覚えています。
初回治良後は、少し眠くなりました。それまで食事をするときはいつも左側で噛んでいたのですが、ふと気付くと右側で噛んでいて、顎が動いたことを感じました。また、人間関係でいつも気を使っていたのですが、何かスッと落ち着きが出たような気が致しました。
そして、とにかくもっと知りたいという思いから、まだ持っていなかったご著書をオフィスですぐに購入し、手渡される資料もしっかりと読みました。月刊MRTは今でも毎月楽しみに読んでおります。
その中でも、特に治良を受け始めの頃は、他の方の体験談がとても参考になりました。例えば、「目ヤニがたくさん出た」という体験談を読んだときには、そう言えば、私も4回目の治良の後に目ヤニが出たことを思い出しました。まだまだ自分自身に対して見逃していることが多いことを思い、MRTに出会うまでの長い間、その「気付く」ということさえ知らずに過ごしてきたことを振り返りました。
20回目の頃には、身体の重みを感じなくなり、以前は掃除などに取り掛かる前に、何となく億劫な感じがあったのですが、スッと目の前の作業に取り組めるようになり、同じ時間の中で、以前よりも一つ多く用事を済ませることができるという感じになりました。
MRTで歩くことの大切さを知り、いつも自転車で行っていた買い物も歩いていくようにしました。それまでは商店街が遠いので、ずっとそのことを不便に感じていましたが、「仙骨の動きをよくするために」と思うと疲れを感じることなく歩けますので、ちょうどよい距離と思えるようになりました。そして、ゆっくり歩いても10分余りの距離を、ずっと頭の中で「遠い」と思っていたこと、その同じ距離が、ちょっと自分の意識が変わった途端に全く違ってしまうことに気付きました。
◆治良を受ける度に、気持ちも身体も変化して解放されていく自分を感じる
そうして治良を重ねていく中で、肉体的にも精神的にも、どんどん変わっていく自分を感じました。
当初のMRTに通う切っ掛けであった脱毛も収まりました。身体の左側にあったシビレは、治良を受け始めて最初の一年間くらいは出たり消えたりを繰り返していましたが、いつの間にか症状は消えて出なくなりました。
私の日常をよく知っている古い友人からは、「あんなにストレスの多い生活をしていたのに、よくそれで済んでいるね。普通なら歳をとるともっといろんな病気になってもおかしくないのに…」と言われているくらいです。
しかしそれも、治良を受け続けていく中で、仙骨を通しての精神的な変化が大きく、同じ環境の中でも、気付き理解しようと意識を向けるようになったことで、物事の捉え方、見方が変わり、ストレスと思う事柄が単にストレスのまま終わるということがなくなったからと思っております。
例えば、仕事がとても忙しいときに、社長である兄がイライラしていても、「立場上それだけ責任が大きいから大変なのだ」と思えるようになり、以前のように気持ちが左右されたり、焦ったりすることが少なくなり、また焦っても、短い時間で落ちつきを取り戻せるようになっていきました。
また相手のイヤな所や欠点に気が付いても、相手を責めるとか悪いと思うのではなく、自分を振り返って、「自分にも自分で気付いていない欠点がたくさんあるのだから…」と自然と思えるので、気持ちをすぐに切り替えることができるようになりました。
また、治良を受け始めて1年半ほど過ぎた頃から、オフィスで開催されている「中真感覚の学び」に参加するようになり、多くの方々と話す機会が増え、それまでいかに自分が狭い世界の中でのみ生きてきたのかを実感し、自分の視野が大きく広がったことを感じました。
◆霊止乃道を知り、180度捉え方が変わり、母の死から理解する
2003年の晩秋、私が62歳のときに、母が94歳で亡くなりました。
母は、明治時代の典型的な女性という感じで、いつも控えめで決して人を差し置いて自分が前に出るというようなことはしない人でした。しかし私には、そんな母の姿が堪えてばかりの人生を送ったように見え、かわいそうと思えてなりませんでした。
しかし、MRTを通して霊止乃道を知り、師尚より「この世での幸せや喜びなどのほとんど全てが、霊的に観れば反対であると思って頂けばよいです。悩んだり、苦しんだりする中に人生の学びがあり、次へと繋がって逝くことになるのです」とのお話を頂き、母がかわいそうと思っていた自分の見方が180度変わりました。
そういう目で思い返してみると、母は苦しい辛い思いばかりしていると思っていましたが、今思い出すのは、そんな中で活き活きと家事をこなす母の姿であり、また94歳で苦しむことなくスーッと大往生で逝った母の死に、私と一緒に立ち会ったヘルパーさんが「私はたくさんの人を見送っていますが、この方は本当にきちっと人生を歩まれてきた方なのですね」と話してくれたことと繋がって、母は多くの苦労をした人生だったけれども、それだけ大きな学びをして次へと逝ったのだと実感として感じられるようになりました。
師尚より「人生は決まっている」とお話し頂いておりますが、何かあるとその現象をつかんで「何とかしよう」としてしまう自分があり、私にはまだまだ捨てるものが多いと感じております。悩みや苦しみは、そのときの自分にとっては、理解しようと思っても、わかりづらく、辛いことでもありますが、結局は魂としての学びであり、霊が主でこの肉体生活は実体ではないことをいつも自分に言い聞かせております。残された2012年までの過ごし方がとても大切であると気持ちを引き締めて、「お任せの境地」に至れますように、今後も仙骨を調整し、中真感覚を磨き、種観霊に取り組んで参ります。どうぞこれからもよろしくお願い致します。
2010.11.01 16:15 | 投稿者-mrt-ebisu


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